二次面接が終わって、手元には走り書きのメモが 3 枚。評価シートにまとめる前に、ChatGPT に貼って整理してもらおうとして、手が止まる。応募者の名前も、前の会社の名前も、家族の話も、そのまま書いてある。これを入れていいのか、だれに聞けばいいのか分からない。採用業務で生成AIを使い始めた会社で、ガイドラインがまだ無いと、毎日のように起きる迷いです。
先に社内ルールを決めておくと、この迷いは消えます。私たちの考えでは、最初から長い規程を作る必要はありません。「AI に入れない情報」「AI にさせない判断」「残す記録」の 3 つを 1 枚に決めて使い始め、3 か月ごとに直す。記事の後半に、そのまま埋めて使えるひな形を載せました。
採用の生成AIガイドラインは、全社のルールとは別に要る
採用の現場では、ルールより先に使い始めています。人事担当者 295 人に聞いた学情の調査(2026 年 3〜4 月)では、キャリア採用の業務で生成 AI を「すでに利用している」企業は 28.7% で、「利用を検討している」「利用したいがまだ着手していない」を合わせると、半数を超えました[1]。
数値を表で見る
| キャリア採用業務での生成 AI の利用 | 割合 |
|---|---|
| すでに利用している | 28.7% |
| 利用を検討している | 9.5% |
| 利用したいがまだ着手していない | 16.4% |
| 今のところ利用予定はない | 45.5% |
全社の AI ルールがある会社でも、採用は別に決めておくほうが安全です。扱うのが社員ではなく、まだ雇っていない応募者の情報であること。その情報の集め方と使い方に、職業安定法の決まりがあること。そして、AI の出力が人の採否という重い判断に近いところで使われることです。
経団連が 2026 年 4 月に出した HR 部門の AI 活用の報告書も、「どの業務で、どのように AI を使っているか」を社内ガイドラインで整理することを、企業の対応の例に挙げています[6]。使い方そのもの(求人票、スカウト文、面接メモの整理など)はAI エージェントで採用業務を減らす記事に書いたので、ここではルールの決め方に絞ります。
応募者の個人情報を入れてよいかは、サービスの設定と選考の目的で決まる
「個人情報は一切入れない」と決めるのは簡単ですが、それでは面接メモの整理のような、いちばん楽になる作業が使えません。入れてよいかどうかは、2 つの条件で決まります。
1 つ目は、使うサービスの設定です。個人情報保護委員会は 2023 年 6 月の注意喚起で、会社が本人の同意なく個人データを含むプロンプトを入れ、それが応答を返す以外の目的で扱われると、個人情報保護法に違反する可能性があるとしました。そのため、サービスの提供者がそのデータを機械学習に使わないことなどを十分に確かめるよう求めています[2]。
2 つ目は、目的です。同じ注意喚起は、個人情報を含むプロンプトを入れるなら、その個人情報の利用目的を達成するのに必要な範囲かを十分に確かめるよう書いています[2]。採用ではさらに職業安定法があり、求人を出す会社は、業務の目的に必要な範囲で目的を明らかにして応募者の情報を集め、その目的の範囲で保管し、使うことになっています[3]。選考のために集めた情報を、選考のための要約に使うのは目的の内側。同じ情報を別の用途の資料づくりに流用するのは、外側です。
もう 1 つ、そもそも集めてはいけない情報があります。職業安定法の指針は、本籍・出生地などの社会的差別の原因になるおそれのある事項、思想・信条、労働組合への加入状況を、原則として集めてはならないとしています[4]。厚生労働省は、家族のことのような適性・能力に関係の無い事項は、把握するだけで、採用の基準にしないつもりでも結果として影響し、就職差別につながるおそれがあると説明しています[5]。メモに書かれていたら、AI に貼る前に消します。本当は、面接で聞かないのがいちばんです(聞いてはいけない質問は面接で聞いてはいけない質問の記事に)。
この 3 つを合わせると、情報の種類ごとに次のように分けられます。
| 情報 | 扱い | 理由 |
|---|---|---|
| 求人の条件、会社の公開情報、面接の質問案 | 入れてよい | 応募者の個人情報を含まない |
| 職歴・スキル・面接での発言の要点 | 会社が認めた、学習に使われない設定のサービスでだけ、名前を「候補者 A」に置き換えて入れる | 選考の目的の範囲内で使う。学習に使われる設定だと目的の外で扱われるおそれ |
| 氏名・住所・電話・メール・生年月日・顔写真 | 入れない | 要約や下書きには要らない。最小限にする |
| 本籍・出生地・家族・思想信条・宗教・支持政党・労働組合・健康や病歴 | 入れない。メモにも残さない | 指針で集めてはいけない情報、または要配慮個人情報。就職差別につながるおそれ |
経団連の報告書も、AI に入れる人事データは必要最小限にする、要配慮個人情報(病歴など、扱いに特に配慮が要る情報)は入れない、使う AI ツールは会社が指定したものに限る、データの保存や二次利用の有無を事前に確かめる、を対応の例に並べています[6]。
合否・順位・点数は、AI に決めさせない
AI に任せてよいのは、人が判断するための材料づくりまでです。経団連の報告書は、HR 部門の AI を「人間の意思決定のサポート」と位置づけ、AI 面接の例でも、AI はレポートや推薦を作り、候補者の合否の確定は人が責任を持って行う、という手順を示しています[6]。採用・評価・配置のような影響の大きい判断で、AI の結果だけで不利益な扱いを決めないこと、採用や評価の AI に性別・年齢などの属性を入れないことも、対応の例に挙がっています[6]。
海外ではもっと厳しく、同じ報告書によると、EU の AI 法は採用・選考に関わる AI を「ハイリスク」に分類しています[6]。日本の中小企業がすぐに同じ水準を求められるわけではありませんが、方向ははっきりしています。
現場で線を引くなら、AI の出力を見て「通す・落とす」を決めない、の一文に尽きます。具体的には、ルールに次の 3 つを書いておきます。
- 書類や面接の内容に、AI で点数や順位を付けない
- AI の要約は、元のメモと突き合わせてから評価シートに使う(元に無い言葉が足されていないか)
- 不合格にした理由は、評価の項目に沿って、人の言葉で書く
学情の調査でも、今後も人の対応を重視したい業務の 1 位は「面接・面談」の 75.3% で、「最後の判断の砦は人であるべき」という声が寄せられています[1]。AI 面接のように、AI が応募者を評価する道具を入れる場合は、このひな形だけでは足りません。評価の基準や応募者への説明を別に決める必要があり、進め方はAI 面接の導入ガイドにまとめています。
記録は「何に AI を使ったか」と「だれが決めたか」を残す
記録を残す目的は、あとで説明できるようにすることです。応募者から「選考で AI を使ったのか」と聞かれたとき、何に使い、だれが決めたかを答えられれば足ります。逆に、AI との会話をすべて保存しておく必要はありません。応募者の情報が残るぶん、持っているほど管理の手間とリスクが増えます。
私たちは、表計算のシート 1 枚の「利用記録表」をおすすめしています。1 回使うごとに 1 行、次の列を書きます。
- 日付と、使った人
- 使ったサービス(会社が認めたもののどれか)
- 作業(例: 二次面接メモの整理、スカウト文の下書き)
- 入れた情報の種類(例: 面接での発言の要点。名前は伏せた)
- 出力をどこに使ったか、だれが確かめたか
- 選考の判断に関わる場合は、最終的に決めた人
捨てる時期も決めます。職業安定法の指針は、会社が保管する応募者の個人情報について、集めた目的に照らして要らなくなったものを破棄・削除する措置をとるよう求めています[4]。AI が作った要約のファイルや会話の記録も、応募書類と同じ扱いにして、選考が終わってから何か月で消すかを決めておきます。
採用ツールの中に AI が組み込まれていることもあります。たとえば動画で採用の字幕の自動作成も、話した内容を AI で文字にする機能です。社員インタビューの動画なら応募者の情報は入りませんが、「どのツールのどの機能が AI か」をルールの対象の一覧に入れておくと、あとで迷いません。
応募者への説明も、記録と同じ考え方です。経団連の報告書は、採用で AI を使っていることを候補者に明示することを対応の例に挙げています[6]。応募する側から見ると、AI に何をされるのか分からないことが不安の元になります。学生が ES にどう AI を使い、企業がそれをどう見ているかは、姉妹サイトのES に AI を使うとバレるのかを書いた記事にまとめています。
そのまま使える、採用の生成AIガイドラインのひな形
ここまでの内容を 1 枚にしたものです。【 】の中を自社の内容に置き換えてください。社員が 10 人でも 300 人でも、採用の担当者が読む部分はこれで足ります。
【採用業務での生成 AI 利用ルール(第 1 版)】
制定: 【年月日】 責任者: 【人事責任者】
見直し: 3 か月ごと
1. 目的
採用業務を速く、ていねいにするために使う。
応募者の選考は、人が責任を持って行う。
2. 使ってよいサービス
・【会社が契約したサービス名】
(入力を学習に使わない設定にしたもの)
・個人のアカウント、会社が認めていない
サービスや拡張機能は使わない
3. 使ってよい作業
・求人票、スカウト文、案内メールの下書き
・面接メモの整理(事実の並べ替えまで)
・採用動画の台本の骨組み、字幕の下書き
・応募数などの集計(氏名・連絡先の列を外す)
4. 入れてはいけない情報
・氏名、住所、電話、メール、生年月日、顔写真
→ 必要なら「候補者 A」に置き換える
・本籍・出生地、家族、思想・信条、宗教、
支持政党、労働組合、健康・病歴
(面接で聞かない。メモにも書かない)
・社外に出していない会社の情報
(【例: 給与の表、取引先の名前】)
5. AI にさせないこと
・合否、順位、点数を付けること
・AI の出力だけを理由に、選考を進める・落とすこと
・人が確かめていない文面を、応募者に送ること
6. 人が確かめること
・求人票: 給与・時間・休日・勤務地を
元の条件と 1 行ずつ突き合わせる
・送る文面: 宛先、名前、日時
・要約: 元のメモに無い言葉が足されていないか
7. 記録と保管
・AI を使った作業は、利用記録表に 1 行書く
・選考の判断は、決めた人と理由を人の言葉で残す
・AI の出力ファイルは【保存場所】に置き、
選考の終了から【6】か月で消す
8. 応募者への説明
・選考で AI をどう使うかを、
【採用ページ / 面接の案内メール】に書く
・問い合わせ先: 【担当部署とメール】
9. 困ったとき
・入れてはいけない情報を入れてしまったら、
その日のうちに【責任者】に伝える
・ここに無い使い方は、使う前に【責任者】に聞く
8 の応募者への説明は、たとえば「応募書類と面接の記録の整理に生成 AI を使うことがあります。合否は担当者が判断します」の 2 文で足ります。求人票を AI で作るときの確かめ方は、求人票の書き方と AI での作成の記事に 7 項目で書いています。
ルールは 1 枚で始め、3 か月ごとに直す
最初の版は、うまく書けていなくてかまいません。決めないまま各自がばらばらに使い続けるほうが、ずっと危ないからです。始めるときは、次の順で進めると 1〜2 週間で回り始めます。
- 責任者と、使ってよいサービスを決める
人事の責任者を 1 人決め、会社として契約するサービスを選ぶ。入力を学習に使わない設定を確かめ、設定の画面を記録しておく。
- ひな形を埋めて、採用に関わる人全員で 30 分読む
面接官をする現場の管理職も入れる。面接メモを書くのは、たいてい人事ではなく面接官です。
- 利用記録表を作り、1 か月使う
書くのが面倒だという声が出たら、列を減らす。続かない記録は、無いのと同じです。
- 3 か月目に見直す
記録表を見て、ルールに無い使い方が出ていないか、入れてはいけない情報が入っていないかを確かめ、版を上げる。
入れてはいけない情報を入れてしまったときに、責めずに報告できることも決めておきます。「生成AI 個人情報 入力してしまった」は検索でもよく打たれている言葉で、起こること自体は珍しくありません。報告があれば、会話の削除、サービスの設定の確認、必要なら応募者への対応と、次の手が打てます。
法律の側も動いています。改正個人情報保護法は 2026 年 7 月 17 日に公布され、個人情報保護委員会が細かい決まりを整えているところです[7]。見直しの日には、こうした変化も確かめてください。ここに書いたのは公的な資料に沿った一般的な考え方で、自社の使い方が法律に照らして問題が無いかの判断は、社会保険労務士や弁護士に相談してください。


